明治期の単品料理

明治期の単品料理

日本でア・ラ・カルト、つまりは単品で注文する形式が一般化されたのは、『横浜ホテルニューグランド』の初代総料理長としてフランスから招かれたサリー・ワイル氏が、ヨーロッパの最新の食事のスタイルとして1927年(昭和二年)のホテル開業と同時にメニューに導入したのがきっかけとなりました。もちろん、それ以前にも似たようなスタイルはありましたが、それらは「洋食一品売」や「御好一品」と呼ばれ、あまり一般化されませんでした。

 

また、街場の大衆洋食堂や洋食屋台といったところでも単品料理はありましたが、多鍋で仕込むことが出来るカレーライスや、天ぷら屋台の洋食版として登場したフライものなど、限られたメニューに絞られていました。少なくともイタリア料理が定番ではなかった明治期にパスタの単品メニューは、存在しなかったのではないでしょうか。