フランス料理が定番になった理由

フランス料理が定番になった理由

19世紀のイタリアは「イタリアというのは地理的な名称に過ぎない」というメッテルニヒ(1773〜1859)の言葉に象徴されるように、まだ国家として統一されていませんでした。、1861年にようやくイタリア王国が成立したものの、まだまだイギリスやフランスのように海外植民地の開拓に手を拡げられるような強い国ではなかったのです。

 

先のピエトロ・ミリオーレ氏は、フランスのサーカス団に従属していたコックでしたが、事故に遭ってしまいやむを得ずに新潟に留まった、非常に稀なケースだったのです。開国した日本には、イタリアの文化は入ってこなかったのが現状でした。また、ヨーロッパではイギリスを含め、上流階級の社交会やパーティでの正餐はフランス料理と決まっていたことも影響はあるでしょう。築地や横浜にある外人ホテルのレストランでは、フランス料理が定番でしたし、明治政府もまた、西欧列国と対等な付き合いをするために公式行事の正餐をフランス料理を定めていました。こういった背景があって明治期に生まれた西洋料理店というのは、外交的ニーズから生まれたものが多かったのです。

 

日本最初の西洋料理店といわれている長崎の『良林亭』をはじめ、『精養軒』『富士見軒』『中央亭』は、政財界の有力者をパトロンや顧客として盛業したフランス料理店でした。そこにイギリス料理や日本でアレンジされたものが加わった、雑多な西洋料理こそが明治期における洋食と言われています。では、その当時にはパスタ料理は無かったのか?というとそれは違います。昔からフランス料理には、ガルニ(付け合わせ)にパスタやリゾットを添えることは珍しくありませんでした。パスタ料理は存在していましたが、フランス料理として認識されていたようです。

 

神楽坂 フレンチ
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